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山形地方裁判所鶴岡支部 昭和40年(ワ)62号 判決 1968年3月30日

原告

大沼あやめ

ほか四名

被告

北村吉五郎

主文

1  被告は、原告大沼あやめに対し、一、四七六、八七〇円、原告大沼恵美子に対し、一、〇二六、八七〇円、原告大沼一弘に対し、一〇二六、八七〇円原告大沼長吉に対し、二一一、九二一円、原告大沼いわ江に対し、一五〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年一二月一一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告大沼いわ江を除くその余の原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用中、原告大沼いわ江に生じた分は全部被告の負担とし、その余はこれを一〇分し、その三を原告大沼いわ江を除くその余の原告らの負担、その七を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告らの求める裁判

「1. 被告は、原告大沼あやめに対し一、八七七、七〇〇円、原告大沼恵美子に対し一、四二七、七〇〇円、原告大沼一弘に対し一、四二七、七〇〇円、原告大沼長吉に対し三〇一、三五五円、原告大沼いわ江に対し一五〇、〇〇〇円、および右各金員に対する本訴状送達の日から年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告の求める裁判

「1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。」との判決。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  事故の発生

被告は、昭和四〇年一〇月一一日午後五時二〇分ころ、軽自動四輪車六山形い三八二九号を運転して山形県東田川郡三川村大字押切新田字歌枕地内国道路上を鶴岡方面に向け進行中、自動二輪車に乗り対進してきた亡大沼弘に自車の右前部を激突させ、同人をボンネツト上にはね上げた後、約四メートル前方に振り落した。右大沼弘は意識不明のまま鶴岡市立荘内病院に収容されたが、同日午後八時一五分ころ、脳挫傷等により同病院において死亡した。

(二)  被告の責任

被告は、前記軽自動四輪車の所有者であり、前記のように右自動車を運転して本件事故を惹起したものである。したがつて、自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」として本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

(1) 大沼弘の得べかりし利益の喪失

(イ) 亡大沼弘は、大正一二年五月二七日出生の健康な男子であつたから、厚生省発表第一〇回生命表によると同人の平均余命は二九年余である。そして、亡大沼弘は、本件事故当時山形土建株式会社に専務取締役として常勤しており、月額三三、四六六円(社会保険料を控除した手取り額)の報酬を得ていたが、同人は自己の生活費や交際費として月額一〇、〇〇〇円を費していたから、これを差引いた二三、四六六円が同人が死亡しなければ得べかりし毎月の収益であり、年額にして二八一、五九〇円である。

大沼弘は、本件事故がなかつたならば、少なくともなお二〇年間は右収入を継続して得ることができた筈であるのに、本件事故によりこれを喪失したから、右年額に年数二〇を乗じた額からホフマン式計算法によりそれぞれ年五分の中間利息を控除して求められる三、八三三、一〇〇円がその一時払額である。

(ロ) ところで、原告大沼あやめは、亡大沼弘の妻、原告大沼恵美子、同大沼一弘は大沼弘の子であつて、いずれも大沼弘の相続人である。

したがつて、原告大沼あやめ、同大沼恵美子、同大沼一弘は、それぞれの法定相続分に応じ、大沼弘の有する右損害賠償請求権を相続により取得したが、その額は各一、二七七、七〇〇円である。

(2) 葬祭費等

原告大沼長吉は、亡大沼弘の葬祭等のため、別紙葬祭費等明細表記載のとおりの費用を支出したが、これは大沼弘が本件事故のため死亡したことにより生じた損害であつて、被告に賠償義務がある。

(3) 慰藉料

原告大沼あやめは、昭和二八年二月大沼弘と婚姻して以来、夫大沼弘の人柄を敬愛し、希望に満ちたよい家庭づくりに励み、子女の養育につくして来たのであるが、本件事故により突如夫を失い、その精神的苦痛ははかり知れない。

また、原告大沼恵美子(一〇歳)、同大沼一弘(六歳)はやさしいよい父を失い、幼いながらも深い悲しみのうちにある。

さらに原告大沼長吉は七一歳、同大沼いわ江は六四歳の高齢で、両名はこれまで長男である亡大沼弘の扶養を受けて楽しいだんらんのうちに過ごしてきたのであるが、本件事故により安らかな老後の夢を無残にも打ち砕かれて悲嘆にくれている。

右に述べたとおり、原告らは、いずれも本件事故に基づく大沼弘の死亡により甚大な精神的損害を蒙つたが、これに対する相当な慰藉料は、原告大沼あやめについては一、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告らについてはいずれも三〇〇、〇〇〇円を下らない。

(四)  自動車損害賠償責任保険金の受領

原告らは、本件事故により自動車損害賠償責任保険金として一、〇〇五、四七五円を受給し、うち五、四七五円は、原告大沼長吉の支出した病院処置料(別紙葬祭費等明細表記載)に、四〇〇、〇〇〇円は原告大沼あやめの慰藉料に、残金六〇〇、〇〇〇円は原告大沼あやめを除く各原告の慰藉料に一五〇、〇〇〇円あて充当した。

(五)  よつて、原告大沼あやめは、亡大沼弘より相続した得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権一、二七七、七〇〇円と慰藉料六〇〇、〇〇〇円の合計一、八七七、七〇〇円を、原告大沼恵美子、同大沼一弘はそれぞれ大沼弘から相続した得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権各一、二七七、七〇〇円と慰藉料各一五〇、〇〇〇円の合計一、四二七、七〇〇円を、原告大沼長吉は葬祭費等の支出を余儀なくされた損害賠償として一五一、三五五円と慰藉料一五〇、〇〇〇円の合計三〇一、三五五円を、原告大沼いわ江は慰藉料一五〇、〇〇〇円をそれぞれ右各金員に対する本訴状送達の日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金とともに支払を求める。

二、請求の原因に対する被告の答弁

(一)  請求の原因(一)のうち、被告が昭和四〇年一〇月一一日午後五時二〇分ころ軽自動四輪車六山形い三八―二九号を運転して山形県東田川郡三川村大字押切新田字歌枕地内国道を鶴岡方面に向け進行中、自動二輪車に乗り対進して来た大沼弘に衝突したこと、同人が同日死亡したことは認めるが、その余は争う。被告の車が衝突した部位は右前部ではなくて、左前部である。

(二)  請求の原因(二)のうち、前記被告が運転していた車が被告の所有であることは認めるが、その余は争う。

(三)  請求の原因(三)の(1)ないし(3)は争う。(4)のうち自動車損害賠償責任保険金一、〇〇五、四七五円が原告らに支払われたことは認める。

三、被告の主張

(一)  免責事由

(1) 本件事故について被告には過失がなく、亡大沼弘に過失がある。

被告は、前記のように軽自動四輪車を運転して酒田市と鶴岡市を結ぶ通称酒田街道(国道七号線)を鶴岡市方向に向けて時速約四〇キロメートルで進行し、山形県東田川郡三川村大字押切新田字歌枕地内にさしかかつた際、前方約二〇メートルのところを同一方向に進行するバキユームカーがあるので追越しができるかどうかを確認するためセンターラインに近づいたところ、前方約五〇メートルの地点に反対方向より進行してくる二台のバイクをみて追越しを断念し、速度を時速四〇キロメートルにおとし、道路左側に寄つた。しかし、右二台のバイクのうち向つて左側を進行して来た亡大沼弘の運転する自動二輪車がセンターラインをこえて被告の車に猛スピードで直進してくるので、被告は突嗟に危険を感じハンドルを左に切つたが、問に合わず、被告の車の左側ライト附近に衝突したものである。前記国道の制限速度は時速六〇キロメートル、自動二輪車については五〇キロメートルであるが、被告が追越しをしようとしたときは時速四五キロメートルで進行し、前方にバイクをみてから、直ちに四〇キロメートルに減速し、追越しを断念しているのであつて、右措置は道路の幅員九メートル、歩道車道の区別のないコンクリートの舗装道路で平坦かつ見通しのよい現場附近の道路状況からみて慎重すぎる位の運転であり、道路交通法第二八条第三項に定める追越しの際の注意義務を十分に遵守しているということができる。

他方、亡大沼弘は、センターラインを越えて右側に進入しセンターラインの右側で衝突したものであり、しかも衝突時のスピードは時速六〇キロメートルないし七〇キロメートルに達しているのであるから、被告がいかに注意を払つても、事故を免れない状況であつた。また大沼弘は酩酊して運転しており、右の過失を招いた原因である。以上のように、被告には、通行区分を守らない点において道路交通法第一七条第三項に、制限速度超過の点において同法第六八条に、酩酊運転の点で同法第六五条に各違反する重大な過失がある。もし、かりに右大沼弘が通行区分を守つてセンターラインの左側を進行したならば同じく左側を進行していた被告の車と衝突することはありえないし、また制限速度を大幅にこえる速度で進行していなかつたならば、被告もハンドルの操作により事故を防ぐことができたのである、

しかも、被告には対向する車が前記のような違反をおかして自車の進路上に突進してくることを予想して事故を未然に防止すべき注意義務はないと解すべきであり、このことは自動車を運転する者は他の交通法規に反する行為にまで注意義務を課せられないといういわゆる信頼の原則よりみて当然の解釈である。

右のように、被告の運転には何らの過失がなく、本件事故は専ら亡大沼弘の過失により生じたものであることは明らかである。

(2) さらに、被告の右車には何ら構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

(二)  過失相殺―かりに、右免責事由が認められないとしても、損害賠償額の算定につき大沼弘の前記過失は斟酌さるべきである。

四、被告の右主張(三)に対する原告の答弁

(一)(1)  被告の主張三の(一)の(1)の事実中、被告の運転速度および被告の運転操作、被告が道路交通法第二八条第三項の定める運転者の義務をつくしたこと、被告が追越しを断念して車を中央に寄せ通常の運転状態に復した後に本件事故が生じたこと、亡大沼弘の運転する自動二輪車がセンターラインを越えて猛スピードで右側に進入したこと。亡大沼弘の衝突時の速度及び酩酊運転の点、したがつて同人の行為が道路交通法第一七条第三項、第六八条、第六五条に違反するとの点は争うが、その余は認める。

<1> 被告の過失―被告には、道路交通法第二八条第三項に定める注意義務に違反した過失がある。被告は、前車を追い越そうとして、自車の進路を右に変更し、センターラインにまたがるところまで進行したのであるから、同条所定の追越しを開始したものというべきであるが、被告主張のように、前車(バキユームカー)との車間距離が二〇メートル位であつたとするならば、進路を右に変更する前か変更した直後に、対向車の有無は確認できた筈であるのに確認しないで追越しを開始した。通常安全な追越しをするためには対向車との距離が二〇〇メートル以上必要とされているところ、本件の場合亡大沼弘の車を二〇〇メートル以上前方にあつたときすでに発見できた筈であり、発見すべきが当然である。しかも、被告が前方五〇メートルの地点ではじめて亡大沼弘の車を発見したとしても、直ちにハンドルを左に切つて車を左側に寄せていれば事故は避けられた筈であるのに、被告は亡大沼弘の車を発見した後も、なおすれ違うことができると思つて、そのままの状態で進行し、衝突直前になつてハンドルを左に切つたものであり、被告の車は衝突地点においてもセンターラインにまたがつた状態にあり、追越しを断念して車を中央線左に寄せ通常の運転に復した状態ではなかつたのである。

<2> 亡大沼弘に過失があるとの主張について

(イ) 通行区分について

亡大沼弘は道路中央附近を進行していたところ、被告の車がセンターラインにまたがる状態で対向してくるので危険を感じ避けようとしたが、進行方向左側に対向に並進してくるもう一台のバイクがあるので、突嗟に右にハンドルを切つたものと推察され、大沼弘の右措置は当時の状況からしてやむを得ないもので、大沼弘の通行区分違反を責める前に、大沼弘をそこに追いこんだ被告の過失が問題にされなければならない。

(ロ) 速度について

亡大沼弘の運転していた自動二輪車の速度は正確にはわからないが、その年齢、性格、それまで無事故、無交通法規違反であつた経歴、そして特に運転車両が原動機付自転車であつたことを考えれば、高速といつても、せいぜい時速四〇キロメートル前後であつたと推察される。

(ハ) 酩酊運転について

亡大沼弘が事故の前酒宴の席にいたことは事実であるが、当時胃の具合が悪く、その翌日精密検査を受ける予定になつていたこと、そのため酒を余り飲まなかつたことが明らかであり、しかも酒宴の終つた午後四時過ぎから本件事故までの間の約一時間全く飲酒しなかつたことがはつきりしており、本件事故当時酩酊していたとは考えられない。

(2)  被告の主張三の(一)の(2)は争う。

(二)  被告の主張三の(二)は争う。

第三、証拠関係〔略〕

理由

第一、原告大沼あやめ、同大沼恵美子、同大沼一弘の請求について

一、事故の発生

被告が、昭和四〇年一〇月一一日午後五時二〇分ころ、軽自動四輪車六山形い三八二九号を運転して山形県東田川郡三川村大字押切新田字歌枕地内を鶴岡方面に向けて進行中、自動二輪車に乗り対進して来た大沼弘に衝突したこと、右大沼弘が同日死亡したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕をあわせると、大沼弘は右衝突事故により脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、昭和四〇年一〇月一一日午後八時一〇分ころ鶴岡市馬場町所圧鶴岡市立荘内病院で死亡したことが認められる。

二、被告の責任

(一)  被告は、前記軽自動四輪車の所有者であり、前記のように右自動車を運転して本件事故を惹起したものであることは当事者間に争いがないから、被告は自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」として同条所定の免責事由が認められない限り本件事故による損害を賠償する責任を負わなければならない。

(二)  そこで、免責事由の有無について検討する。

被告の主張三の(一)の(1)事実は、被告の運転速度、被告の運転操作、被告が道路交通法第二八条第三項の定める義務を遵守したこと、被告が追越しを断念して車を中央に寄せ通常の運転状態に復した後に本件事故が生じたこと、亡大沼弘の運転する自動二輪車がセンターラインを越えて猛スピードで右側に進入したこと、衝突時大沼弘の車が速度および酩酊運転の点、したがつて同人の行為が道路交通法第一七条第三項、第六八条、第六五条に違反するとの点を除いて当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕をあわせ考えると、被告は、前記のように自己所有の軽自動四輪車を運転して酒田市と鶴岡市を結ぶ通称酒田街道(国道七号線)を鶴岡方面に向けて、時速約四〇キロメートルで進行し、山形県東田川郡三川村大字押切新田字歌枕地内にさしかかつた際、前方約二〇メートルを時速約四〇キロメートルで同一方向に進行していたバキユームカーを追い越そうとして速度を約四五キロメートル毎時にあげ車の進路を右に変更し、センターラインにまたがるところまで進行し、一〇メートル位進行した(なお、この附近の道路は幅員約九メートル、舗装された歩、車道の区別のない南北に通ずる平坦で視界を妨げる障害物は存しない道路である)ところ、前方約五〇メートル辺を相前後して対向してくるバイク二台を発見し、速度を四〇キロメートル毎時位におとし中央辺から左側に寄ろうとして一〇メートル位進行し、右のバイクとすれ違うことができるものと軽信して対向するバイクから一時目をそらし再び右対向車に目を向けたところ、前記二台のバイク中先行してきた亡大沼弘運転の自動二輪車が自車の進路上前方五、六メートルのところを進行してくるのを認め危険を感じて左にハンドルを切つたものの間に合わず、自車の左前部ライト附近を右自動二輪車に衝突させ、そのため右大沼弘の死を招来したこと、そして被告が亡大沼弘の運転する自動二輪車を発見した地点は道路センターラインより右側にあつてセンターラインを越えており、危険を感じてハンドルを左に切つた地点もセンターラインよりやや右寄りであり、衝突地点はセンターラインより〇・五メートル位左側にあつたこと(このことは、被告の車の衝突部位は左前方ライト附近であつたこと、被告の車の車幅は一・二五メートルである((前記甲第三五号証により認められる))ことを考えあわせると、被告の車は衝突地点においてもなお道路センターラインにまたがつた状態で進行していたことをうかがわせる)が認められる。前掲甲第三六号証、乙第二ないし第四号証中には、右認定に抵触する部分があるが、甲第三四、三五号証と対照して考えると右抵触する部分は採用できない。

ところで、右のように本件衝突地点が大沼弘からみて道路センターラインの右側にあること、被告の車の衝突部位は左前方ライト附近である点をみると本件事故の原因はむしろ大沼弘の通行区分違反にあるかのようにみえる。

しかしながら果してそうであろうか。おもうに、追越しをする場合は対向車の有無を確認し対向車がある場合にはこれとの距離が追越しをするのに安全な距離かどうかをたしかめてからでなければ追越しをかけてはならないところ、甲車が車間距離Aから乙車の追越しに着手してから車間距離Bをとり追越しを完了するまでに走らなければならない距離Xは

<省略>

の式で表わされるから、通常安全な追越しをするためには対向車との距離が二〇〇メートル以上必要と解されるのに、被告は見通しのよい前記場所で前車を追い越そうとしセンターラインにまたがるところまで進行し一〇メートル位したときはじめて大沼弘運転の自動二輪車をみたというのであるから、反対方向からの交通についての注意を怠つたまま追越しにかかつたとみるべきであり、しかも約五〇メートル前方に大沼弘運転の自動二輪車を発見してからも直ちに車をセンターライン左側に寄せたことが認められない(もつとも大沼弘運転の自動二輪車の速度を認定できないので右五〇メートルが制動距離を超えていたかどうかは明らかでない)以上、本件事故につき被告に過失がないとはいえない。

被告は、いわゆる「信頼の原則」を採用して被告の無過失を主張しているが、「信頼の原則」は自動車運転者の刑事責任を減ずるに当つて考慮すべき理論であるから、「信頼の原則」によつて刑事上無過失とされれば民事上の損害賠償責任をも負わないと直ちにはいえないのみならず、「信頼の原則」が適用されるためには当該運転者が交通法規にかなつた行動をとつていることと結果の発生についての予見可能性がないことが要求されると解されるところ、本件の場合被告は追越しの際に遵守すべき義務(道路交通法第二八条第三項参照)を怠つたことはすでに述べたとおりであり、また結果発生についての予見可能性がなかつたともいえないとみるべきであるから、「信頼の原則」が適用さるべき場合ではなく、被告の主張は採用できない。

(三)  したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法第三条により後記損害を賠償する責任がある。

三、過失相殺

(一)  被告が主張するように大沼弘が制限速度を越える速度で走行しそのことが本件事故の一因をなしたと認めるに足りる証拠はない。

(二)  〔証拠略〕をあわせると、亡大沼弘は、本件事故当時午後二時三〇分ころから午後四時三〇分ころまで酒宴の席にいたが、「自分は腹も悪いしバイクにも乗つてきたので酒は飲まない」といつて当初ごく小量の酒を飲んだだけであとはジユースを飲んでいたことが認められ、本件事故当時酩酊運転をしていたことを認めるに足りない。

(三)  しかしながら、前記衝突地点、被告の車の衝突部位が示すように亡大沼弘の車がセンターライン右側に侵入したことは明らかである。亡大沼弘が何故にこのような挙に出たのかは明かでないが、〔証拠略〕をあわせると、大沼弘運転の自動二輪車と同人から約一〇メートルおくれて進路左側をもう一台のバイクが走行していたことは明らかであるから、大沼弘は、前記のように被告の車がセンターラインにまたがる状態で進行してくるので、これを避けようとしたが、右後行車を意識し突嗟にハンドルを右に切つたものと推認でき、被告の車の進行状況が前記のとおりである以上、大沼弘に右措置をとらせた根本原因は被告が前記のように追い越し方法をあやまつたことにあると考えざるをえない。

しかし、前記のように平坦で見通しのよい道路の状況で大沼弘としても前方注視義務をつくしていればおそくとも被告がバキユームカーを追い越そうとして車の進路を右に変更しセンターラインにまたがるところまで進行した時には被告の車を発見してこれと安全にすれ違うための措置(本件道路幅は約九メートルであるから後行車に合図して自車を左に寄せる等)をとりえた筈であるのに右大沼弘は漫然すれ違うことができると軽信してこの措置をとらず、衝突直前になつて突嗟にハンドルを右に切つた過失が本件事故の一因をなしていると認められる。

このように、本件事故の根本原因は被告が追越し方法をあやまつたことにあるにしても大沼弘の前記過失も事故の原因をなしており、右事実関係によれば損害賠償額を定めるにつき斟酌すべき被告と亡大沼弘の過失の割合は七対三と認めるのが相当である。

四、損害

(一)  亡大沼弘の得べかりし利益の喪失

(1) 〔証拠略〕をあわせると、亡大沼弘は大正一二年五月二七日生れの健康な男子であつたから、厚生省発表第一一回生命表によれば同人の平均余命は三〇年余りであり、後記認定の職業、勤務関係等を考えあわせるとその就労可能年数は少くとも二〇年以上であると認められる。そして〔証拠略〕をあわせると、亡大沼弘は、本件事故当時、姉の夫が社長をしている山形土建株式会社の専務取締役として常勤しており、毎月三三、〇〇〇円を下らない報酬(手取り)を得ていたこと、同人の生活費(交際費)は原告主張の月一〇、〇〇〇円を上まわらないこと、もし事故に遭わなければ、将来も同程度の収入を得、同程度の生活費を要したであろうことがそれぞれ認められる。そうであるとすれば、右三三、〇〇〇円から一〇、〇〇〇円を差引いた二三、〇〇〇円が同人が死亡しなければ得べかりし毎月の収益であり年額にして二七六、〇〇〇円である。

そして、大沼弘は本件事故がなかつたならばなお二〇年間は生存して右収入を毎年継続して得ることができた筈であることは今述べたところから明らかであるから、本件事故によつて亡大沼弘の失つた逸失利益は、五、五二〇、〇〇〇円となり、これからホフマン式計算により年五分の中間利息を差引いた三、七五八、〇一六円がその一時払額である。

ところで、本件事故について亡大沼弘と被告の双方に過失があり、その過失の割合は亡大沼弘が三、被告が七とみるのが相当であることは前に述べたとおりであるから、亡大沼弘の消極損害について被告が賠償すべき額は二、六三〇、六一一円(円以下切捨て)となる。

したがつて、亡大沼弘は、被告に対し、右の金額の損害賠償請求権を取得したことになる。

(2) そこで、相続関係についてみるのに、原告大沼あやめが、亡大沼弘の妻、同大沼恵美子、同大沼一弘が亡大沼弘の子であつて、いずれも右大沼弘の相続人であることは、〔証拠略〕により認められる。

したがつて、原告大沼あやめ、同大沼恵美子、同大沼一弘は、亡大沼弘の右損害賠償請求権をそれぞれ三分の一あての相続分に応じて各八七六、八七〇円(円以下切捨)の請求権を相続により取得したことになる。

(二)  慰藉料

原告大沼あやめが、亡大沼弘の妻であることは前記のとおりであり、〔証拠略〕をあわせると、原告大沼あやめは昭和二八年二月大沼弘と婚姻し、じ来夫婦として亡大沼弘と生活を共にしていたものであることが認められるから、本件事故により同原告が甚大な精神的苦痛を受けたことは容易に推認でき、前記のような被告と大沼弘の過失の程度等諸般の事情を総合考慮しても、原告大沼あやめに対する慰藉料の額は一、〇〇〇、〇〇〇円を下らないとみるのが相当である。

また、原告大沼恵美子(昭和二九年一月二七日生)、同大沼一弘(昭和三四年五月二〇日生)はいずれも亡大沼弘の子であることは〔証拠略〕により認められるから、右原告らが父を失つた精神的苦痛が極めて大きいことは容易に推認でき、被告と大沼弘の過失の程度等諸般の事情を総合考慮しても、原告大沼恵美子、同大沼一弘に対する慰藉料の額は各三〇〇、〇〇〇円を下らないとみるのが相当である。

ところで、自動車損害賠償責任保険金中、原告大沼あやめは四〇〇、〇〇〇円を、原告大沼恵美子、同大沼一弘は各一五〇、〇〇〇円をそれぞれの慰藉料の一部に充当したことは原告らの自認するところであるから、これを控除すると、原告大沼あやめの慰藉料残金は六〇〇、〇〇〇円、原告大沼恵美子、同大沼一弘の各慰藉料残金は各一五〇、〇〇〇円を下らないこととなる。

五、結論

以上述べたところにより、原告大沼あやめの請求については亡大沼弘の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続分八七六、八七〇円と固有の慰藉料六〇〇、〇〇〇円の合計一、四七六、八七〇円、原告大沼恵美子、同大沼一弘の各請求については、大沼弘の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続分各八七六、八七〇円と固有の慰藉料各一五〇、〇〇〇円の合計各一、〇二六、八七〇円とそれぞれ本訴状送達の日であること本件記録上明白な昭和四〇年一二月一一日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

第二、原告大沼長吉、同大沼いわ江の請求について

事故の発生、被告の責任、過失相殺については、それぞれ第一の一ないし三に述べたとおりである。

一、原告大沼長吉の損害

(一)  葬祭費等

〔証拠略〕をあわせると、本件事故による亡大沼弘の死亡に伴い大沼弘の父原告大沼長吉が葬祭費等として支出したと主張する額中別表葬祭費等明細表(1)ないし(6)、(9)ないし(12)については各全額、(7)のうち五、〇〇〇円、(13)のうち八、六五〇円を支出したことが認められるが、(7)、(13)についてのその余および(8)を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

そして、右のうち(10)中の一九、三二〇円はいわゆる香奠返しであることは原告大沼あやめの本人尋問の結果により明らかであるが、香奠返しのための支出金を原告が蒙つた損害とみることは相当でない。

そして、前記認定の被告と亡大沼弘の過失の割合を斟酌して原告大沼長吉が被告に対し葬祭費等の支出により蒙つた損害として賠償を求めうる額は九六、二八〇円の七割六七、三九六円である。

しかしながら、五、四七五円については自動車損害賠償責任保険金をもつて充当されていることを原告は自認しているから、残存する債権額は六一、九二一円となる。

(二)  慰藉料

原告大沼長吉は亡大沼弘の父親であるが、齢七〇をこえる老人であることは、原告大沼あやめ本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨により明らかであり、子大沼弘に先立たれた精神的苦痛は極めて大きいものがあると推認できるが、前記のような被告と亡大沼弘の過失の程度等諸般の事情を総合考慮しても、原告大沼長吉に対する慰藉料の額は三〇〇、〇〇〇円を下らないといわなければならない。

ところで、自動車損害賠償責任保険金一、〇〇五、四七五円のうち一五〇、〇〇〇円は原告大沼長吉の右慰藉料に充当されたことは原告の自認するところであるから、これを控除すると同人の慰藉料残金は一五〇、〇〇〇円を下らないこととなる。

二、原告大沼いわ江の損害

原告大沼いわ江は亡大沼弘の母親で六〇歳をこえる老齢であることは、原告大沼あやめの本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨により明らかであり、子大沼弘に先立たれた精神的苦痛が甚大であることは容易に推認できる。これに対する慰藉料は原告大沼長吉に対する慰藉料の算定について斟酌したと同様な諸般の事情を総合考慮すると、三〇〇、〇〇〇円を下らないとみるのが相当である。

ところで、自動車損害賠償責任保険金一、〇〇五、四七五円のうち一五〇、〇〇〇円が原告大沼いわ江の右慰藉料に充当されたことは原告の自認するところであるから、これを控除すると同人の慰藉料残金は一五〇、〇〇〇円を下らないこととなる。

三、結論

以上述べたところにより、慰藉料一五〇、〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の日であること本件記録上明白な昭和四〇年一二月一一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告大沼いわ江の請求は全部理由があるが、原告大沼長吉の請求は、葬祭費等の支出により蒙つた損害六一、九二一円と慰藉料一五〇、〇〇〇円の合計二一一、九二一円とこれに対する本訴状送達の日であること記録上明白な昭和四〇年一二月一一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

第三、よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小笠原昭夫)

(別表) 葬祭費等明細表

<省略>

以上

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